グラフィック・メディスン

この記事は一般社団法人日本グラフィック・メディスン協会より転載許可を受け掲載しています。
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2018年度「グラフィック・メディスン学会」
レポート

2018年度「グラフィック・メディスン学会」レポート

2年連続の米国開催。2018年は東海岸へ。

2年連続の米国開催。2018年は東海岸へ。

中垣です。
2018年度グラフィック・メディスン学会(Comics and Medicine)へ行ってきました。
医療分野とコミックス研究とを繋ぐ「グラフィック・メディスン学会」(Comics and Medicine)も2018年で9回目。
2018年8月16日~18日の日程で、米国ヴァーモント州センター・フォー・カートゥーン・スタディーズ(CCS)およびニューハンプシャー州ダートマス大学で開催されました。
前年のシアトル大会に引き続き米国で、西海岸から東海岸へと場所を変えての開催となりました。

CCSはコミックス作家を養成する専門学校です。わが国でも2018年に翻訳が刊行された青春メモワール『スピン』(有澤真庭訳、河出書房新社)で注目の作家ティリー・ウォルデンの出身校としても知られています。
8月18日の最終日、私はバスの送迎により(30分ほどの移動)州を越えダートマス大学へ。いずれにしてもこの学会は、都市部での大々的な開催ではありません。コミックスや医療など、関連分野を牽引する研究者にゆかりのある地が会場となるという特色があるため、結果として、現地にたどりつくまでの道程がかなり難儀なものに…。

しかし、それだけ同朋意識を強く持てる顔が見えるアットホームな学会にもなっているのです。

グラフィック・メディスンの多様性や包容力を実感

3件の「基調講演」は、まず、女性コミックス・アーティストであり、公衆衛生学にまつわる教育者でもあるウィット・テイラー氏による「健康について描く際の公的・私的な問題について」。健康という私的な領域に踏み込むことと倫理をめぐる問いが不可分にあることを実感させられました。 次に講演したイラストレイターのデビット・マコーレイ(1946- )氏は、その著作の多くが邦訳されているわが国でも馴染み深い作家です。

※デビット・マコーレイ邦訳作品
『道具と機械の本 てこからコンピューターまで(新装版)』(岩波書店、2011)、『驚異の人体 不思議な「わたしたち」のしくみ』(リチャード・ウォーカー共著、堤理華訳、ほるぷ出版、2009)、『エンパイア・ステート・ビル解体』(中江昌彦訳、河出書房新社、1984)、『ニワトリが道にとびだしたら』(小野耕世訳、岩波書店、1988)など。

今回の学会のキャッチフレーズは“The Ways We Work”。これは、マコーレイの『驚異の人体 不思議な「わたしたち」のしくみ』の原題(The Ways We Work)に由来します。建築から工学、人体まで幅広い対象を描き続けてきたベテランイラストレイターがグラフィック・メディスンをどのように見ているのかは確かに興味深い視点でした。

三人目の講演者スーザン・M・スクワイアー氏はペンシルバニア州立大学英文科の名誉教授で当学会の主要メンバーの一人。「パトグラフィー(病跡学)」と「グラフィック」を混ぜ合わせた「パトグラフィックス」の概念や、遺伝子機能変化をめぐる学問領域である「エピジェネティクス」の概念などから文学およびグラフィック・メディスンを横断して捉える先鋭的かつ精力的な研究者で、医療人文学の奥行きを体現している人物です。
表現者を含めて、グラフィック・メディスンは学際的かつ開かれた分野であり、研究発表の対象、方法論、背景など多岐にわたるもの。一口に「グラフィック」・「メディスン」といってもグラフィックの表現手法も、メディスンの捉え方、あり方もまさに様々であることを改めて実感しました。

スーザン・M・スクワイアー氏

スーザン・M・スクワイアー氏

“Infographic Medicine”の概念を学ぶ

図書館に移動し、「パネル展示」を見学します。
グラフィック・メディスンの代表作を素材にグラフィック・メディスンの特徴を解説するパネルがなかなか示唆に富むものでした。
“Infographic Medicine”の概念では「情報」をグラフィックで表現する点にこのジャンルの特色があることを具体的に示し、“Cartoonist as Patient”(患者としてのマンガ家)、 “Stories from Caregivers”(介護者からの物語)、“The Language of Comics”(コミックスの言語)などそれぞれの観点からグラフィック・メディスンとは何であるのかをふりかえることができました。 躁うつ病と診断された自身の体験に基づくエレン・フォーニー『マーブルズ 躁病・うつ病・ミケラジェロと私』(2012)や、聴覚障がいを抱えていた自身の体験に根差した児童向け物語であるセス・ベル『エル・デフォ』(2014)、邦訳が刊行されているブライアン・フィース『母のがん』(原書刊行は2004、高木萌訳、ちとせプレス 2018)などグラフィック・メディスンのジャンルとして共通認識となる作品が増えてきたことの現れでもあるでしょう。

“Drink and Draw”(飲みかつ描く)を愉しむ

カルーセルの案内チラシ

カルーセルの案内チラシ

今大会では、さらに会場を街中に移動して、「カルーセル」と呼ばれるパフォーマンスをバーで楽しむイベントも同時に開催されました。
カルーセルとは、自身もコミックス・アーティストであるR・シコーヤックにより展開されている「コミックス・パフォーマンス&ピクチャー・ショウ」であり、観客はバーで食事をしながらアーティストが自身のヴィジュアル作品をもとに行うトークを楽しむことができます。
演者によってパフォーマンスのあり方は多彩であり、その場での実演もあれば、自身の作品を投影しながらセリフをドラマ仕立てに再現したり、作品にまつわる寸劇が行われたりすることもあるようです。 カルーセルはニューヨーク周辺の東海岸を中心に毎月一回程度、コミックスに関連するイベントやフェスティバルにあわせて行われており、この度は「グラフィック・メディスン学会」の出張版として、学会の中枢を担うイアン・ウィリアムズ、MK・サーウィックに、ゲストのエレン・フォーニーやホイット・テイラーらも参加。

“Drink and Draw”(飲みかつ描く)を合言葉にリラックスした雰囲気でアーティストの作品にまつわる話などを聴ける貴重な機会となりました。

カルーセル会場の様子

カルーセル会場の様子

日本を含めた世界規模の展開を目指して

さて、私自身も研究発表をしてきましたので、簡単にご報告。
聴覚障がいをめぐる「グラフィック・ドキュメンタリー」作品としての吉本浩二『淋しいのはアンタだけじゃない』(2016)、中川学『くも漫。』(2015)、介護をめぐる社会問題を描く、くさか里樹『ヘルプマン!』(2003- )の「認知症編」を素材に、「聴覚障がい」「くも膜下出血」「認知症」といった症例がどのように視覚文化であるマンガ表現によって示されているかを解説しながら、日本の「医療マンガ」との比較研究の可能性を示唆してまいりました。加えて、2017年度の研究発表で扱った、藤河るり『元気になるシカ!』の続編『元気になるシカ!2 一人暮らし闘病中、仕事復帰しました』(2018)の刊行を受け、術後の経過、心の動きを丁寧に追う闘病エッセイマンガのさらなる発展を示す例として紹介しました。
『元気になるシカ!』には作者にゆかりのある台湾版が刊行されていますが、英語圏での翻訳紹介も期待したいところです。
グラフィック・メディスン学会は現在までのところは英語圏を中心にした動向に留まっていますが、すでにスペイン語版「グラフィック・メディスン」ウェブページ「medicina grafica」も登場しており日本を含めた世界規模の展開が望まれます。
イラスト付きの学会報告(Eva Sturm-Grossさんによる“Graphic Note”)が公式に発表されているのもこの学会ならでは。
学会報告の中には藤河るり先生のシカの姿もあるので探してみてください!

Eva Sturm-Grossによる学会報告グラフィックノート。私も描かれています…。

Eva Sturm-Grossによる学会報告グラフィックノート。私も描かれています…。

出典:https://www.cartoonstudies.org/programs/comicsandmedicine/graphic-notes/

最後にお知らせです。
このグラフィック・メディスン学会を発足し、現在まで牽引している主要メンバーによって刊行された『グラフィック・メディスン・マニフェスト』が、北大路書房より2019年早々に翻訳刊行(小森康永・平沢慎也・安達映子・岸本寛史・奥野光・高木萌共訳)される予定です。読者・表現者・研究者の相互交流の新しい流れができるのではと楽しみです。
来る2019年度の大会は記念すべき第10回大会となります。学会発祥の地イギリスに戻りブライトンでの開催(7月11日~13日)準備が進行中です。