社会保障の哲学カフェ

厚労省官僚に物申す!?高校生からの政策提言

【東京都目黒区・都立国際高等学校】社会保障を自分の人生のこととして考える授業

 渋谷からわずか2駅離れた先に広がる、都会の喧騒とは無縁の閑静な街並み。そう、駒場といえば日本の最高学府・東京大学の歴史あるキャンパスがある緑豊かな文教エリアです。まさに勉学に励むのにふさわしい環境ですね。
 今回は、『#社会保障、はじめました。』(猪熊律子 著/SCICUS発行、2018)の出版にもご協力いただいた宮崎三喜男先生が教える「おもしろい」社会保障の授業を見学しに、都立国際高等学校(東京都目黒区駒場)にお邪魔してきました。
 『社会保障の哲学カフェ』のヒントにさせていただきます!!

国際高校ってどんな学校?

都立国際高等学校

 1989年創立の都立国際高等学校は、国際学科のみを設置し、国際教育に重点をおいている高校です。2015年には、海外大学への入学資格も取得可能な総合教育プログラムを実施する「国際バカロレアコース」がスタート。世界標準の実践的な教育が行われています。
 なんといっても最大の特徴は、海外帰国生や在京外国人など、さまざまな文化的背景を持つ生徒が多く集まっていることでしょう。まさに学校にいながらにして国際感覚が磨かれる環境というわけです。
 多様性を受け入れるベースがあるからか、校内はとにかく自由な雰囲気! 一足制(校内も土足のままでOK)なのも、この学校の開かれたスタイルを象徴しているかのようです。

社会保障を考えることは、自分の人生を考えること

宮崎三喜男先生

宮崎三喜男先生
都立国際高等学校主任教諭
日本公民教育学会常任理事
都公民科・社会科教育研究会
事務局長

 さて、今回『#社会保障、はじめました。』編集部が見学させていただく社会保障の授業は、厚労政策を統括するプロ(厚生労働省)の方を前に、高校生たちが堂々、社会保障に関する政策提言の発表を行うというもの。すごくないですか!? 普通、こんな授業やらないですよね。国際高校には、生徒曰く『ユニークな先生が多く、私たちの気持ちを理解して、なおかつ興味を持てるように教えてくださる授業が多い』。これは、まさに宮崎先生のことですね。
 宮崎先生によると、通常、「政治・経済」の科目全体で「社会保障」の授業に使える時間は、せいぜい2~3コマだそうです。しかしこれでは、必要最小限のことを教科書的に教えるだけで精一杯……。「家庭科!?」でも社会保障のことを扱う授業が多少あるそうですが、いずれにしても、『あまりにも時間が足りない』!

 マスコミなどから偏ったネガティブな情報(年金は破綻する!とか、世代間対立を煽る意見とか)を受けている若い世代に、まずは社会保障に興味・関心を持ってもらうこと、社会全体で支え合う制度の意義を理解することが重要だと宮崎先生は言います。
 そして、生徒それぞれが「どういう社会にしたいか」「どういう制度がよいのか」を自分自身の問題として考えること――社会保障について考えることは、まさにこれからの自分の人生を考えることにもつながる。だからこそ、知識を教えるだけでなく、生徒の考えを引き出す時間が大事……筆者はここに社会保障教育の原点があるように思いました。
 国際高校では、通常2~3コマの社会保障の授業をなんと8コマ組んでいます(2018年度)。宮崎先生の熱意の賜物だと思いますが、かなり異例とのこと。これが異例ではなく普通のことになるように、もっと学校現場をあげて社会保障教育の機会が拡充されることを、宮崎先生は訴え続けています。

どんな授業? ~社会保障の政策提言にも果敢にチャレンジ~

 「政策提言の発表」の授業は、宮崎先生のもとで社会保障の理念やあり方、年金保険・医療保険などの基本知識を学んできた生徒たちが、その集大成として日本社会が抱えるさまざまな課題の「その先」を自分たちで考え、対策を提案しようというもの。しかもただ発表するだけでなく厚生政策のプロがガチで講評するという、ただごとでない企画……! 生徒たちもさぞ緊張していることだろうと思いきや、みんなワイワイと随分楽しそう!!


各グループ、発表前の最後の打ち合わせ。雰囲気が自由すぎて(笑)ただ雑談しているようにも見えますが、発言の分担や掲示物の見せ方などを細かく確認している表情は真剣そのもの

 授業は概ね以下の流れで進行。それにしても、45分はあっという間に過ぎていきます。

タイムテーブル(45分授業)

5分
打ち合わせ
※発表準備のための時間は事前に授業1コマが充てられている
25~30分
各グループの発表

  • 2~5名程度×6グループ
  • 制限時間は5分間、発表形式は自由(全員参加)
  • 宮崎先生のコメント(適宜、時間があれば)
10~15分
厚労政策のプロ(大西氏)による講評
宮崎先生の総括

 1グループ2~5名程度で構成され、それぞれに与えられた持ち時間は5分間。教室の後ろの黒板にセットされたアラーム付きタイマーが「タイムキーパー」を担います(アラームが鳴った時点で発表は容赦なく打ち切られ、次のグループへ……時間配分は大切!)。

時限爆弾みたいでちょっとコワイ!?

時限爆弾みたいでちょっとコワイ!?

「グループのメンバー全員で前に出て行う」以外の発表方法の決まりはなく、イラストや資料を用意したり、黒板をうまく使ったり……自由!

「グループのメンバー全員で前に出て行う」以外の発表方法の決まりはなく、イラストや資料を用意したり、黒板をうまく使ったり……自由!

そして講評を行う“その道のプロ”の方は、厚生労働省より政策統括官付社会保障参事官室 室長補佐の大西祐作氏がご来校。厚労省官僚を前に、高校生からは果たしてどんな提言が飛び出すのか!?

年金、子育て、働き方……社会の課題に向き合う真摯なまなざし

 授業の見学を終えてみると、4クラス合計24グループの発表がありました。いずれも若者らしい素直な視点でまとめられ、また制限時間5分という短い時間でいかに相手に伝えるかの工夫が随所にみられ、感心しっぱなしでした。
統計データを示しながらテンポ良く課題を提示 導入で統計データをビジュアル(図表やイラストなど)で示し、現状の課題を明確化して提言につなげていく発表の流れはとてもスムーズ。普段から主体性を重視した教育を受けている国際高生にとってはお手の物なのかも。

統計データを示しながらテンポ良く課題を提示

統計データを示しながらテンポ良く課題を提示

 ひとくちに社会保障の政策提言といっても扱う問題はさまざま。全体として「少子化・高齢社会」への関心は高く、それを軸にテーマを「子育て」「働き方」「年金」「介護」などへと展開しているグループが多かったです。
 たとえば、国民年金保険料が定額徴収のため低所得者には高負担であることに着目し、低所得者(年金受給開始時点の「貯金額」が少ない人)にこそ年金が多く支給される制度を作るという斬新な提案を行ったグループ。これには、発表後に宮崎先生からすかさず『「どうせ多くもらえるなら貯金しないで使っちゃおうぜ!」という人が出たり、コツコツ老後の備えをしてきた人が損をすることにならないかな?』という指摘がありましたが、粗削りではあっても、生徒たちの目の付けどころには鋭いものを感じます。
 また、少子高齢化の対策について、子を増やすほど国から支援を受けられる「三人っ子政策」の案を出しながら、「結婚・出産が幸せかは人それぞれ。女性に多く産ませるために税金を使うのはどうなのか」という疑問も自ら投げかけ、「移民を受け入れる体制や教育を整えるべき」という提言につなげるなど、グループ内でさまざまな切り口で議論が重ねられたことが伺える発表もありました。

発表の冒頭に寸劇を入れて、見る側の関心を引き込む工夫も

発表の冒頭に寸劇を入れて、見る側の関心を引き込む工夫も

そのほか、高齢者が高齢者を介護する「老老介護」問題に対して、発想を転換し、健康な高齢者が要介護高齢者の話し相手や簡単な家事などをサポートする仕組みを積極的に作る「老老ケア」の提案。高齢者に地域での貧困家庭の教育のサポートを担ってもらう「お年寄りゼミ」の提案。勤労者同士で雇用を分け合う「ワークシェアリング」の発展形で、夫婦単位で1日の勤務時間を分け合うことで家庭での子育ての時間を確保する提案、「医療クレジット」の仕組みの提案、ベーシックインカムの導入案など、など……大テーマが同じでも、実に多様な政策提言が飛び出したのでした。

日本の税負担は世界的に低く「低負担・高福祉」にもかかわらず国民がそれを実感できていない実態について考察したグループもあり、増税する明確な理由を示すこと、増税すると高福祉として返ってくることを教育に組み込むべきという提言がされていました。

 実際、「消費税増税」を政策の財源としてあげるグループは多く、税率は15%から20%くらいに上げてもよいと考えているのには驚きました。彼らには増税がただ反対という一方的な姿勢はなく、「増税は免れないと思う」前提で、海外の社会保障制度・税金との比較でも検討し、国民の反対や不満が多くて増税できない現状をどうしたらいいか、また増税した先の税金の使われ方をしっかり考えることにこそ関心を持っているのです。生半可な知識の大人たちよりもよっぽど未来を見据え、考え方が進んでいるなと思いました。

紙芝居を使っての説明。絵がかわいい!

紙芝居を使っての説明。絵がかわいい!

政策提言をしたその次のステップにも言及

大西祐作氏 政策統括官付社会保障参事官室 室長補佐

大西祐作氏
政策統括官付社会保障参事官室
室長補佐

 各クラス、グループごとの発表の後は講評の時間です。大西氏からは、『財政については常に「数字」で考えること』『国民の合意をとるにあたって、どう説明していくか「ストーリー」を考えることが大事』『国民一人ひとりの人生にとってどういうメリットがあるのか』など、政策の内容をさらに深め、実現するためにはどうするかの観点でコメントが投げられました。
 たとえば、介護従事者の給料を引き上げる際の財源を、介護保険料支払い開始年齢を40歳から20歳にして賄う提案に対しては、「介護が必要になる可能性が低い年齢の人たちまで支払い対象を広げることの理由」の必要性を指摘するなど……。
 高校生には要求水準がちょっと高い気もしますが、普段なかなか接する機会のない官僚の方から直接講評をいただくことができ、生徒の皆さんも大いに刺激を受けたことでしょう。

 『理念はよくても、合意を得るための「根拠」「説明」までが大人の社会では求められるし、その力を磨いていかないといけない』。
 『一方で、「変えないとだめだ!」という国民のパワーが政治を動かしたり、世の中を変えていく。その声をあげるのが君たち若者の役割でもあるし、そこでレベルの高い議論ができることが熟成した民主主義を作っていく』
 授業の終わりでの宮崎先生からの言葉に、知識を得るだけにとどまらないこの授業の大きな狙いの一端があらわれていると思われ、印象的でした。